「不便利な楽しさ。その発想は本のデザインと一緒です」ブックデザイナー・祖父江慎

祖父江慎

ブックデザインの最前線で小説、漫画、絵本、写真集など幅広いジャンルを手がけ、全国の美術館で様々なディレクションも手がけるcozfishの祖父江慎さん。膨大な量の本に囲まれた事務所にて、お話を伺いました。

「ブックデザインをやっております、祖父江慎と申します。普段は本のデザインの仕事を中心に、展覧会やグッズなど、様々な仕事をしています。最近は愛媛にて『坊っちゃん』の話を空間に広げ、部屋がそのまま本になるという『部屋本 坊っちやん』という展覧会の準備をしています。『坊っちやん新聞』、これはその付録なんですが…まあ、ディテールに入ると長くなってしまうのでこの辺で(笑)。次に、この単行本。これは松本大洋さんが挿絵を描いている『ドエクル探検隊』という子供の冒険の本なんですが、先日発売になりました。また最近だと小学館さんの雑誌で、汚して、関わっていきながらダメにしていくタイプの雑誌『ぺぱぷんたす』という紙と遊ぶ本を作ったりですとか、そんな活動をしています」

扉とは、ここから違う場所へ移るための境界
扉が扉らしくて楽しいなと思います

普段は本のデザインをされている祖父江さん。今回、冷蔵庫の扉絵をデザインした感想についてお聞きしました。

「面白いですね。扉というのは、自分の今いる所から違う所へ移るための境界です。特に本の場合だと扉というものが、そのお話に入るための入り口だと思うのですが、これ(TOBIRAE)の場合、開かないと中が何だか分からないという、まさに扉が扉らしいものになっていて、楽しいなと思います。大体は次の世界への内容がわかりやすいものが描かれることが多い中、こんなによく分からないものが描かれていいんだろうか、という嬉しさがあります」

今回描かれている「さんはんちゃん」は
扉と同じように境界にいる生き物

 ”さんはんちゃん”はどのようにして生まれてきたのか。祖父江さんはこう語ります。

「最初は糸井重里さんとのお仕事で。音楽を聴きながら着るTシャツにはどんなものが似合うかというテーマで、最初に描いたのが『さんはんちゃん』でした。三半規管で、中と外の快楽的な繋がりというか。割と音にポイントがある生き物なんですが、自分の中の世界と外の世界、その境界にいる。つまり扉と同じような場所にいる生き物なんです。みんなの眼のうしろあたりの右と左に、あわせて二匹づついるんですね、さんはんちゃんは。その二匹のさんはんちゃんが恋をしてしまったらどうなるのか、この冷蔵庫の中にラブラブになってしまったところが描かれています。右と左が恋愛しちゃうと、さんはんちゃんが棲んでいる体が壊れてしまいますとも。その二匹の間に生まれたのが、この『独立さんはんちゃん』というリボンをつけてる子なんですが、この子がcozfishのシンボルで、自立した部品のような存在なのよ♡
まあ細かい話はさておき、ひとつの世界ともうひとつの世界との境界にある、なんとなく楽しげな、可愛げな、怖いような、そういうのがうちのシンボルマークになっています」

不便利な方が楽しかったりする
その発想は本のデザインも一緒

役目を終えた冷蔵庫をアートピースに変換するという試みについても伺いました。

「TOBIRAEも使えなくなったものを生かすという試みですが、僕はもともと死骸フェチみたいなところがありまして。生きてないものが生きてるもの以上に好きなんですよね。(アゲハチョウの剥製をふんわりと飛ばして)美しい♡…。まあそのように、ある意味、成り立っていない状態が成り立ってしまうと、もうひとつ別の喜びが生まれてくるということで、大変興味深いです。普通に冷蔵庫っぽいのに、このスピーカーというのは特にお気に入り。スピーカーに蓋ができるっていうのは、どういう意味があるのかと考えてみたりとか。

そしてこの冷蔵庫の本棚は、果たして便利かどうか。実際便利であることに対してみんなが評価をしすぎているけど、不便利である方が結構楽しいことっていうのが世の中にたくさんあるのではないかと。そんな感じで本のデザインも、わかりやすく情報を伝えるべくして成り立てばいいものだけではなくて、このよく分からない状態をどのように味わっていけるのかというのが、これから大事にしたいなと思うので、大事な発想だなと思っております」

読書する不良の佇まい

古今東西の「ピノキオ」が並ぶ一角

たくさんのサービスショットと共に

終始和やかな雰囲気のなか行われた今回の取材。
祖父江さん、cozfishの皆さん、どうもありがとうございました。


撮影:野崎 航正
取材:TOBIRAE編集部

ブックデザイナー・祖父江慎

1959年、愛知県生まれ。コズフィッシュ代表。すべての印刷されたものに対する並はずれた「うっとり力」をもって、日本のブックデザインの最前線で、小説、漫画、絵本、写真集など幅広いジャンルを手がけている。主なブックデザインに漱石『心』(岩波書店)、著書に「祖父江慎+コズフィッシュ」(パイインターナショナル)がある。
https://twitter.com/sobsin

祖父江慎