「極限の風景が旅へと誘う」写真家・石川直樹

家電 × ART。壁に掛ける写真や絵画のように、長く愛せるアートピースのように、冷蔵庫を選ぶ楽しみを。気鋭のアーティストたちと、小型冷蔵庫の扉をキャンバスにしたコラボレーションを展開する「TOBIRAE」プロジェクト。
愛着を持って、長く大切にしたいと思えるものと暮らすこと。使えなくなった冷蔵庫たちはスピーカーなどに形を変えて蘇ります。物語の始まりに、最初のページの扉絵をめくるように。

写真家・石川直樹氏の人生は、比喩ではなく、旅であり冒険そのものだ。七大陸最高峰登頂の世界最年少記録を塗り替えたという実績も彼にとっては通過点のひとつ。好奇心の赴くままに見知らぬ土地を訪ね、ありのままの光景をフィルムに収める。「日常と非日常の区別が僕にはあまりないんです」と語るように、世界中のあらゆる場所が、彼の居場所なのだ。

便利であれば取り入れ
長く使い続ける

「旅に出る時の持ち物は極限まで減らします。必ず持っていくのは、2台のフィルムカメラとメモ用のデジタルカメラ。あとは、どんな旅をするかによって道具を厳選しています。装備はあくまで実用性重視ですね」という石川氏。それだけ聞くとアナログ派な印象だが、実はそうでもないという。

「昔は登山道具は長く使い込むほどいいと言われていましたが、今は素材なども新しくなって、どんどん良いものが作られています。自分の身を守るためにも、新しいものは積極的に取り入れたいですね。フィルムカメラはずっと使い続けていますが、古いものにこだわっているわけではなくて、あくまで自分が一番使いやすいカメラだから。日本での暮らしに必要な家電などもそう。便利であれば取り入れて、それを長く使い続けます」

TOBIRAE」の取り組みに共感し
選んだ4点の写真

初めてTOBIRAEを彩るのは、そんな石川氏が旅の中で捉えた写真。「自分の写真が家電に使われるのは初めてですよ」という彼だが、どのような想いで作品をセレクトしてくれたのだろうか。

「冷蔵庫のデザインって、白くてのっぺりしているイメージしかありませんでしたが、そこに写真を使うという発想がまずユニークですね。冷蔵庫はものを冷やす道具なので、素直に冷気を感じられるような写真を使うのがふさわしいと思いました。冷蔵庫としての使命を終えた後は、スピーカーとして生まれ変わるという機能の転換もすごい。色々な場所を旅していますが、例えばヒマラヤの高地でいつまでも分解されずに残っているゴミや南太平洋の小さな島でプラスチックゴミなどを見るとやはり残念な気持ちになります。電化製品に新たな使い道を見出す、という取り組みには共感できますね」

 大自然と人々が共存するグリーンランド北極圏の町・イルリサット、カラコルム山脈にある世界第二位の高峰K2など、石川氏が愛用のプラウベルマキナで撮影した4点の写真が、TOBIRAEとなった。




「東京の事務所は、撮影済みネガフィルムの整理など、基本的に写真関係の作業をするための場所なので必要最低限のものしか置いていませんでした。TOBIRAEの冷蔵庫やスピーカーがあれば、ちょっとだけ空間が楽しくなりそうですね。自分が撮影した写真を事務所に飾ることはありませんでしたが、実用品としてなら、まあ部屋に馴染んでくれそうです」

ネパールのヨーグルトや
アジアの音楽文化に思いを馳せて

TOBIRAEで冷やしたいもの、TOBIRAEで聴きたい音楽について、石川氏はこう話す。

「僕はヨーグルトが好きなんです。ネパールで食べた陶器の入れ物に入ったヨーグルトは特に美味しかった。ネパールのヨーグルトは無理だとしても、ヨーグルトとかゼリーとか自分の好きなおやつを冷蔵庫に入れておきたい(笑)。フィルムを保存するのにもいいかもしれませんね。スピーカーは顔のようなデザインがかわいいです。映像を使ったイベントなどでも活用できるかもしれない。」

TOBIRAEは経験をシェアできる媒体
扉を開き、別の世界へと

 行ってみたいと思った場所にはほとんど行ったという石川氏。しかし、まだまだ旅と冒険への意欲は尽きない。次はどんな扉を新しく開くのだろう。

「いま、一番大きな目標は、まだ登頂できていないK2登山。来年夏に再び行く予定です。今後も旅は続けるけれど、今まで以上に自分が経験してきたことをしっかり本や写真集にまとめて経験を記録することに重点を置きたいと思っています。まだまだ書ききれていないテーマもたくさんあるので。TOBIRAEも見知らぬ人たちと自分の経験を分かち合うことができるメディアの一つですよね。冷蔵庫やスピーカーの写真を見て、どんな人が住んでいるんだろう?などとほんの少しでも想像することで、旅に出るきっかけやちょっとした思考を巡らせるきっかけになったら嬉しいです。TOBIRAEを開くことで、別の世界への入り口を開くような感覚が、わずかでもあればいいなあ、と思っています。」


取材・文:高須賀哲
撮影:舛田豊明

石川直樹 写真家

1977年東京生まれ。写真家。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。『NEW DIMENSION』(赤々舎)、『POLAR』(リトルモア)により、日本写真協会新人賞、講談社出版文化賞。『最後の冒険家』により開高健ノンフィクション賞。『CORONA』(青土社)により土門拳賞を受賞。最新刊に写真集『Svalbard』『流星の島』(SUPER LABO)、著書『極北へ』(毎日新聞出版)など。2019年1月、大規模な個展『この星の光の地図を写す』が東京オペラシティ(東京/初台)にて開催される。
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