「TOBIRAE」のコンセプトから生まれた
ふたつの物語
広告や雑誌等、様々な媒体でのイラストレーションを手がけながら、精力的に作家活動も展開している寺本愛さん。ギャラリー「神楽坂 FARO」にて個展を開催中(2018年6月末終了)の彼女にお話を伺いました。
「最初に依頼をいただいた時、私にできるのかと心配でした。生活に馴染むデザインってなんだろうと悩んだり。ただTOBIRAEの企画の趣旨、冷蔵庫の扉をキャンバスとして自由に描いて欲しいという想いを伺って、迷いが消えたというか。そこで今描いてみたかった生活の物語、そのワンシーンを自由に描かせて頂きました」。
黒ベースの作品について「さて、何食べようか」「すみません、注文お願いします」そんな二人の会話をイメージしながら描いていったという寺本さん。「冷蔵庫の中にはたくさんの食材が入っているので、あえてテーブルの上には何も載せずにシンプルに描いています」。扉を開けば物語が始まる「TOBIRAE」ならではの作品に。
「一番描きたかったのは、少し湿度のある
浅草や台湾の空気感」
「開襟シャツは昭和なイメージ、7月8月の少し湿度の高いムシっとした季節の中で、暮らしのワンシーンを切り取りました。実は半年前から浅草に生活拠点を移したのですが、住んでみて初めて、この街の文化に触れることができたと感じています。街で見かける粋な人たち、カンカン帽、着流しのスタイルなどを参考にしているので、浅草の空気がこの作品にも流れているように思います」。
また、昨年滞在した台湾でのイメージ、リラックスして野外で食事をする彼らの姿も重ねられているという。
冷蔵庫のひんやりした涼感を
国貞のうちわをモチーフに
「ほっかむりをした女性も、偶然見つけた昭和の写真からインスピレーションを受けました。川辺で佇む当時の女性の姿はとてもお洒落で、自分でほっかむりをしながら自撮りを繰り返して(笑)描きました。うちわは歌川国貞の画集を頻繁に見ている時に見つけたモチーフの一つで、暑いなかでも『ふ』と息抜きできるような、涼のイメージです」。
水仙の花は普段隠れている根っこまでを見せることで、どきっとする生々しさを添えて。冷蔵庫を開ければ、涼やかな風を届けてくれるよう。
白と黒、モノトーンと
その瞳の理由
ひと目で寺本さんの作品と分かる、そのモノトーンの色調と特徴的な瞳。その成り立ちについてもこう教えてくれました。「自分にはモノトーンで十分なんです。色が持つ想いはとても強く、惑わされてしまう。そんな色の情報をそぎ落として、対象に向かい合いたい。この瞳は漫画的な表現で身近に感じられつつも、どこか不気味な印象もある。それによって人物への距離感を曖昧にしたい。現在なのか未来なのか、人なのか人ではないなにかなのか。例えばファッションなどの細部はリアルに描いても、それをまとう肌は彫像のように冷たい…その緊張感を描いていきたいんです」。
「基本、使用するのは鉛筆。6種類ほどの鉛筆で描き分けつつ、スミの部分はペンで」。これまでに「お遍路」「隠れキリシタン」「海女」など、日本各地の地域文化からインスピレーションを受けて制作を続けている寺本さん。
今年の冬には南方の文化をきっかけとした展示を考えているという。
生活の中のアートピース
思い思いにコラージュをして欲しい
「仕上がりを見て、予想以上のハマり具合に正直驚きました。普段、やっぱり原画が一番の出来だと感じることが多いのですが、ものとして完成した時に一番きれいに仕上げてもらったように思います。一枚の絵を買うのはプレッシャーもあると思うのですが、生活の中にお気に入りのアートピースがある暮らしは、とても幸せで、心地よいものだと思います。私のモノトーンの絵の上に、色鮮やかなマグネットでレシートやメモ、レシピなどを貼りながら、生活の中でコラージュしてもらえたら嬉しいですね」。
撮影協力:FARO神楽坂
撮影:野崎 航正
取材:TOBIRAE編集部
寺本愛(Ai Teramoto)イラストレーター
1990年東京生まれ。時代・地域が渾然一体となった衣服を纏う、特徴的な瞳の人物を描く。
近年は特有の地域文化に生きる人々をモチーフとし、実際の事象にフィクションを挟みながら描くことで、人間の普遍性の表出を試みている。
個展等で作品を発表しながら、広告や雑誌等、様々な媒体でのイラストレーションも手がける。
http://aiteramoto.com/