世の中には人生の扉を開いてきた人がいる。扉の外に広がる新しい世界に一人で踏み出し、自分だけの宝物を見つける。そんな人生の冒険者たちが生み出した作品をまとったTOBIRAE。その向こう側にある物語を伝えます。今回は特別編として、冷蔵庫スピーカーの作り手である音楽家・パードン木村氏にお話を聞きました。
サーフィンのメッカである静岡県・牧之原市。海からほど近い場所に、パードン木村氏の自宅兼工房はある。シンセサイザー奏者、音楽プロデューサーとして活躍する彼は、音楽を愛する一方で、幼い頃からものを作ることが大好きだった。現在もエフェクターを自作したり、アナログシンセサイザーをスーツケースに組み込んだり、バイクをカスタムするなど、常に手を動かし続けている。
アルミスーツケースに組み込まれたアナログシンセサイザー。ライブの時はこれを持って移動する
パードン氏のガレージ。壁にはびっしりと「TOBIRAE」の扉が。廃棄予定だったものを断熱材として使っているとのこと。内側のポケットも道具入れとして有効活用。
そんなパードン木村氏の存在を知った「TOBIRAE」は、冷蔵庫をスピーカーに生まれ変わらせるというプロジェクトを提案。そして快諾をいただいた。「初めて『TOBIRAE』の冷蔵庫を見た時、無駄のないデザインに魅かれました。スピーカー以外にも色んなものに生まれ変われるんじゃないかと」
製作するにあたり、特に苦労は感じなかったという。「スピーカーになった時のイメージは、すぐに湧いてきましたね。寸法が決まっていたので、かえって作りやすかったです。また、内部の凹凸が少なかったので、パーツを組み込むのも容易でした」
まるで顔のようなユニークなデザインになった経緯をパードン木村氏はこう語る。
「実家が手芸屋だったので、子供の頃、僕もバッグを作ったりしていたんです。その時、目、鼻、口をつけて顔のようにしたバッグを作ったことを憶えています。それが無意識のうちにデザインに反映されたのかもしれません。あとは面白さを重視して作っていきました。目玉のように見える白黒のコーンを2つ並べてステレオにして、空気抜きのためのスリットを横に配置して口のようにした。それぞれの位置関係や大きさは、音を聴きながら決めていきました。面白いものにしようと思う一方、冷蔵庫の原型をできるだけ生かすことも意識していました」
そうして出来上がった冷蔵庫スピーカー。パードン氏もその完成度に満足しているようだ。
「オーディオマニアが唸るような音質というわけではありませんが、ホームオーディオとして手軽にいい音を楽しめるスピーカーになっています。また、スピーカーは扉を開閉することでボリュームの調節ができたり、扉の内側にポケットにものを入れたり、普通のスピーカーにはできないことができるのも魅力だと思います。僕自身、このスピーカーをライブで使ったことがあります。壁のようにたくさん積み上げて演奏したのですが、観客のみなさんもそれを見てとても盛り上がってくれました」
「TOBIRAE」の冷蔵庫と冷蔵庫スピーカーは、アーティストたちの作品が扉を彩ることで完成する。
「冷蔵庫でこんなに遊べるって最高じゃないですか。しかも捨てられるはずだったものが、また別の面白いプロダクトとして甦る。僕は今までなかった新しいものを作りたいタイプ。その気持ちは、音楽を作る時もプロダクトを作る時も同じです」
取材・文:高須賀哲
撮影:三浦伸一
TOBIRAE ラインナップ
パードン木村 音楽家
1964年東京生まれ。 1999年ヤン富田 TSUNAMI SOUND CONSTRUCTION より『Locals』(P- VINE)でデビュー。ソロ活動の他にHONZI、HAKASE-Sun、スパンクハッピー、菊地成孔、野宮真貴、中野裕之、宇川直宏、テ イトウワ、一十三十一、UA,、 大友良英の作品に参加。映像作家 Zach Liebermanとのコラボレーション『Drawn』は第10回文化庁メディア芸術祭の優秀作品として紹介される
http://www.pardonkimura.com/